▶間違った歩幅で
もう今日で終わりにしようと思った。あいつが乗っていたオートバイで約束の地を訪れた。道志村の巖道峠。あいつと初めてツーリングで来た思い出深い場所だった。
夕暮れの北風が僕を連れ去ろうとするくらい、強くて痛かった。もう心に決めていたことだ。オーバージャケットを脱いで、あいつの形見である革ジャン姿になる。パニアケースを開き、しまってあった、傷だらけのヘルメットを被った。
あいつはこのジャケットを着込み、このヘルメットを愛用し、この中からいつも俺の背中を追いかけていたんだ。時には、あいつに先導をお願いしても「自信がないから」とか言って俺を先頭に立ててた。思えば、あいつはいつも俺のことを立ててくれてた気がする。あいつと走ったツーリングは、小さな気遣いと優しさが散りばめられていた気がする。ヘルメットの中で、深く鼻から息を吸った。何だかあいつになったような気がした。
その瞬間に唇が震え、目から熱い涙が押し出された。滲んだ視界の中、僕は間違った歩幅で歩き出した。富士山が大きく開けて見えた瞬間、後ろの方でガシャンと林道を叩きつける音がした。振り返ると愛車が倒れている。斜面で、どうやらサイドスタンドが外れてしまったようだ。片方のパニアケースから荷物が出て、風がいたずらをしていた。
近づくと、その中に本が落ちていた。あいつが俺の誕生日にプレゼントしてくれたものだ。ツーリングの時は必ず持ち歩いていた本だ。落ちた拍子にページが開かれていた。ふと一節が目に入った。
「、生きて…」
風がビュンと吹き、パラパラと頁がめくれて最後の一頁がバタついて直立した。あいつの字で書かれていた。
「最後まで読んでくれて嬉しいよ。まさか読み飛ばしてこれを見てないだろうな?お前だけにはこの読み終えた時の気持ちを共有したくて。同じライダーだしな。感想、教えてくれ。気長に待ってるぜ。」
泣き噦りながらも、俺は倒したオートバイを引き起こし、そして確実にギアを1速に入れた。
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