【紀行文】北陸ツーリング─千里浜なぎさドライブウェイ
「目的地に到着しました」
手元のナビアプリが抑揚なく喋った。
いつか行こうと思っていながら、行けなかった場所に、今日やっと行けた。
千里浜なぎさドライブウェイ。全長8kmもの砂浜を自動車やオートバイで走ることができる、日本で唯一の砂上道路である。
このような形態の道路は世界的に見ても珍しく、海外ではアメリカにあるデイトナビーチ、ニュージーランドのワイタレレビーチ、90マイルビーチ(Ninety Mile Beach)、ベイリースビーチ(Baylys Beach)がある。
西日の中、交通量調査隊を横目に高まる気分を抑えて、慎重に、でも大胆にハンターカブを滑り込ませた。
停車時にスリップするかと思ったら、意外とそうでもなかった。ここの砂浜は、他所の砂浜と質が違うのだ。
辺りを見渡すと、皆楽しそうに愛車を波打ち際に寄せ、思い思いに写真を撮ったり、遥か遠くの地平線に目をやったりしている。
海は穏やかだった。僕にとって初めての日本海だ。
日本海にはもっと荒れ狂う波と、どんよりとした空がイメージされるが、千里浜の海は青くて、キラキラしていて静かだ。
僕はさっそく愛車と走ってきた証として写真に残したいと思って、かばんからキヤノンのEOSを取り出す。レンズは広角で水平線を大きく捉えて写そうか、それとも望遠で愛車のアップと渚の輝きを強調しようか迷っていたところに、一台のオートバイが滑り込んできた。
それはBENLY CD50というオートバイで、このハンターカブがアンダーボーンフレームだとするなら、あちらはTボーンフレームという構成。またがっているライダーはニコニコしてこちらを見ている。
どちらから来たのかと聞けば、名古屋とのこと。しかも途中の道の駅で僕のハンターカブを見かけていたと彼は話す。僕はいつも敷地内の隅っこにバイクを置いておくタイプなので気づきもしなかった。
世間は狭い。どこかで会ったライダーと行く先々が一緒というのは珍しい話ではない。
それにしても、だ。50ccで名古屋から石川県とは恐れ入る。もっとも、僕も関東圏からアルプス山脈越えをしてこちらに来ている身だが。ただし排気量が125ccだから50ccほど苦行ではない。
50ccは速度30km/h、二段階右折、排気量としての制約がつきまとう。大変ではないですか?と聞けば、本人は「大変ですけど、歩くよりかは全然マシです」と笑って答えた。
50ccの制約で思い出されるのは、昔の職場の後輩とでツーリングに大垂水峠を通ろうとしたところ、休日に限って125cc以下は通行禁止だった。今さら引き返すわけにも行かず、内心ビクビクしながら峠越えをしたのを思い出す。
大垂水峠は2019年に排気量による通行制限を解除し、現在では問題なく通行できる。(*1)
(*1出典:https://web.archive.org/web/20191219224537/https://www.police.pref.kanagawa.jp/ps/77ps/77mes/77mes_o24.htm)
CD50の彼とはお互いに愛車の写真を撮って(誰かに頼まないと千里浜なぎさドライブウェイで自分と愛車の写真が撮れない!)、旅路の安全を願って別れた。
気づけばもう日が大きく傾いている。渚の輝きはより一層増して、春の麗らかさの中に僕は一瞬の幸せを感じた。生きているということ、この場所を訪れられたということ、誰かと少しの間でも時間を共有できたということ。
これがまさしくツーリングというのではないのだろうか。知性的なツーリング。
トリップメーターをただ積算すれば良いというのではない。ZZR1100のような320km/hまで刻まれたメーターに限界を試したこともあった。でも…もうそのような走り方は終わったのだ。
過ぎし日の中に、出会えたかもしれない人々や景色があったかもしれない。ただ速いだけがバイクの楽しさではない。
125ccという小さな排気量が、教えてくれた。
2022年GW
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