フルコンバ

▶ずっと待っていた

いつも何かとオートバイに乗ってみろよ!と言う友人がいる。

トライアスロンに何となく出ようと思って買ったロードバイクをきっかけに俺はロードバイクで走ることに面白さを感じていたから、どちらかといえばオートバイは”楽をしている”という気持ちで見ていた。

自分の身体で前へ進む。汗をかき、風を切って走るのが楽しい。特に下り坂は気持ちがいい。そんな俺にオートバイを勧めたところで余計に乗りたくなくなるだけなのに、Sはいつもしつこく俺に言ってくる。


ある日、話があると言って夜の公園に呼び出された。

いつもの仕事の愚痴か?と思いつつ、のそのそと公園へ行くと、Sの隣にロードバイクのようなものが立っている。お、あいつとうとうこっち側にきたか?その報告なのか!と思って近づくと、それは違った。

ロードバイクのサドル下のスペースに小さいエンジンを乗っけたようなオートバイがそこにあった。


「よう健太郎!来たな!ロードバイクだと思っただろ?違うんだよな〜これ。」


そう言ってSはそのオートバイに跨って足を振り下ろした。


「トトトトトトト…」


小さなエンジンが健気に動き出した。街灯に照らされたオートバイから白い煙をもくもくと出していた。

「乗ってみろよ!」

そう言われて跨ってみた。サドル下にある小さなエンジンの鼓動が伝わってくる。本当にこんなもので動くのだろうか?という疑問が沸いた時、

「ほら!俺のヘルメットとグローブ。それとジャケット貸すから。ほらほら被れ!」

半ば押し切られてヘルメットを被る。ヘルメットからの視界が初めてだ。普段メガネを掛けているから、余計にヘルメットの周囲の枠が気になる。とても狭い感じだ。そして汗臭い。

もともと軽装こそ正義と言われるロードバイク乗りから見て、オートバイ乗りは暑苦しいイメージがあった。夏でも革ジャンだし、フルフェイスヘルメットだ。ヘルメットの中はサウナ状態じゃないのか?という思いは抱いていた。


「健太郎やっぱり似合うじゃん!ほらクラッチの練習しようぜ」


そう言うと、Sが俺の左手をレバーに持っていった。ジャンケンの時のグーみたいな感じで押さえられた。


「この位置からゆっくりレバーを緩めるようにしてごらんよ」


ロードバイクのようなオートバイがククッと動き出したような気がした。


「これ。この今動き出したところが半クラッチの位置ね。もう一度やってみて。今度はそのまま動き出したと思ったら開いてみて」


そう言われてその通りにやってみると。あっ!と思った瞬間にさっきまで賑やかだった公園が静まり返った。


「これがエンストね。半クラッチの位置から同時にアクセルを捻ってゆっくりクラッチを開いていかないと、エンジンが止まっちゃうから」


もう、何がなんだか分からないのだ。クラッチとアクセルが左右の手で操作をすることになるから、頭が混乱する。ブレーキは右手と右足、クラッチ操作は左手と左足。こんな難しい操作をSはやっていたのか?いや、日本中のライダーがこんな複雑奇怪な動作をやっているのか?

「うわ!」

またエンストした。なんだこれは難しいぞ。フルフェイスの中で俺は一人で声を上げながらこの跨っているオートバイを操ろうと苦戦していた。

気づけば日付が変わる時間まで俺は格闘していた。半クラッチいうところの感覚が繊細で難しい。しかし、俺はこの自転車のような未知の乗り物にのめり込んでいた。


「良くなってきたな、じゃあ公道出てみるか!」


そう言われて恐る恐るバイクを進めた。公園の道路に出るところの傾斜でエンストしたものの、その後は快調だった。夜の静寂に包まれた伊勢原を2つのバイクが駆ける。SのはZZ-R1100という大きなバイクで、俺が乗っているのは50ccのバイクだ。30kmそこらしか出せない中、他の車に煽られないようにSが後ろをついてくれている。


「健太郎、慣れてきたな、流れに乗ってみよう。もう少しアクセルを開けてみなよ」


そう言われて、俺はアクセルをひねった。速度が上がる。50,60km…とても気持ちがいい。夜風が首周りから入ってきて少し冷たい。ミラーに目をやると、後ろでSが笑っているようにみえる。きっと、この瞬間をずっと待っていたんだな…そう思うと、無性に今、この俺が操っているバイクでもっと走りたいと思った。

2つのバイクは街灯の少ない道路をしばらく走り、宮ヶ瀬ダムに到着した。

こんなにバイクで走ることが気持ち良かったなんて知りもしなかった。

もっと遠くへ行ける気がした。そうだ、いつもSが行ってる道志みち、山中湖を走ってみたい。そして道の駅で豚汁と豚串を食べるんだ。すれ違うライダーにピースもしてみたい。あれこれ考えて、もう一度、このバイクを見てみる。道志みちで走っているところを想像してみる。なんだかワクワクしてくるじゃないか。

橋のたもとにバイクを止めて、月が泳ぐ静かな湖を眺める。

何もかもが新鮮だ。

なぜ、バイクに乗るだけで、当たり前のようにある風景を見つめていたり、感動してしまうのだろうか。


「健太郎、どうだ。バイク。面白いだろ」


もう返事はわかってるといった顔をしている。俺はいつもの照れ笑いでごまかした。


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週末は森にいます